2008年1月 9日 (水)

筒井康隆おもろいな

八重洲で唯野教授を買って今読んでる最中です。

文学部唯野教授 (岩波現代文庫―文芸) Book 文学部唯野教授 (岩波現代文庫―文芸)

著者:筒井 康隆
販売元:岩波書店
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かなり笑えるわwまさに抱腹絶倒。むしろラノベにかなり近い。特に唯野君いちいち面白過ぎ。
慶政大学で仏文学を教わったという作家の天藤久作さんとかいうあからさまなパロディを出しときながら、そんなこと忘れてたのか後の章で普通に遠藤周作の名前を出してマジメな話をするこのテキトーさがまたたまらんね。こういうのが許されるのもユーモア小説ならではです。
ま、こちとら文学部の院に進む者として、まったく他人事ではないんだけどな。笑ってばかりもいられない。明日は我が身、かも。
それにしても、さすがにデフォルメし過ぎだろうと思いこんでおきます。そもそも、うちの専攻そんなに教授同士仲悪いわけじゃないし、権力欲強い人そんなにいないし……多分

ちなみに、新潮文庫と間違えてたのは串刺し教授という短編集でした。もう絶版になってるから、書店では見つかりません、リンクも貼れません、と。

さらにさらに、時かけの原作は、古いバージョンだと相当エグイ表紙です、色使いとか、基本紫なんだもん。挿絵とかも、明智小五郎ばりのレトロさで、時代を感じますね。

時をかける少女 〈新装版〉 (角川文庫) Book 時をかける少女 〈新装版〉 (角川文庫)

著者:筒井 康隆
販売元:角川書店
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↑これとか、新装版だからまだマシ。

ps:あと、ニコニコで昨日やったというガンスリ二期をチラッと見てみるが、これはこれは、相当ざんねんな出来になってるな。
まず役者がほぼ全員大根でした。これが9割。あと、硬派さとか気迫が足りなかった。なんだ精神論かと言われそうですが、既にうpされている一期と比べたら気合の入れようの違いは一目瞭然。
ヘタに萌えで媚びるとこういう堕落した作品になるんですね。最近そういうのが多くなってるのがほんとに残念です。

かと思ったら、チバテレビでたてかべ和也が大暴れしてるっていうじゃないかw

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2007年12月31日 (月)

海と毒薬

この前本棚を整理した際に見つけて、久しぶりに読もうと思って数日、電車内で何回か読んだだけであっさり完読。何気に短けーのな。新潮文庫で150pないくらい。

さて、中坊以来久しぶりに読んでみたわけですが、よく見ると結構文章ヘタですね周作、少なくともこの作品においては
ヘタっていうか、稚拙だなあと思って読んでました。

『海と毒薬』は、福岡の医大で捕虜の生体実験するってのが皆様もご存じのあらすじなわけですが、やっぱ医大を舞台にしているだけあってかなり専門的な医学用語やらなんやらを使ってるわけです。
当然、それらのものにもいちいち解説を付けながらやらんといかんのですが、まずその解説の付け方が非常に稚拙。ベタベタ具合でした。
例えばこんな感じ↓外国人捕虜の人体実験真っただ中のこのセリフ。

「エーテル麻酔は一応、中止しとけよ。あんまり効きすぎて死んでしまわれても困るからね。大場さん、手術道具の用意をして下さい」

まあ、医者だったら麻酔しすぎたら患者が死んでしまう事くらいみんなご存じのだと思うのですが。たぶん読者への説明を含めてるんだと思いますが、それだったら人物にしゃべらせないで地の文で説明するべきだった。医者がそんな説明口調で喋るかよって話で。
野球マンガで60分の1秒の間に30分くらいの長たらしい解説を交えながらあれこれ思考するピッチャーバッターみたいな滑稽さがありますよ。

この作品は「日本人とはいかなる人種であるか?」という哲学的な「問い」を促すものであると同時に、医療の現場をリアルに描いたノンフィクション文学(戸田とか勝呂とかは架空の人物だけど)としての要素もあるわけです。少なくとも、医療の現場を非常に克明に詳細に描こうとしている作者の志向は読み取れる。ノンフィクションと言っても良いくらいにその描写は精緻であろうとしている。もしくは、作者の「問い」をより切実にするために、その周辺の現実をリアルに描く必要があった。
どちらにしても、そのようなノンフィクション風の鬼気迫る描写の中で、その解説等の稚拙さだけはどうしても異質である。明らかに、この作品においては失敗だったと考える。

そもそもこの作品は先ほどの「問い」を一番前面に押し出した作品であることは読者一同納得していただけると思う。したがって、作品内のすべてのものはそれに集束していくのである。
ただ、その収束の仕方がいささか性急すぎたことは認めざるを得ない。例えば同じく手術中の戸田のセリフにこのようなものがある。

「八ミリの廻転する音がメスや鋏の音にまじって相変らずなり続いている。(中略)(あの音、どこかで聴いたことがあったな。そや、あれは蝉の声や。浪速高校のころ、大津の従姉の家に遊びにいった時、聴いた蝉の声や。いや、なぜ、俺はこんな時、こんなアホくさいことを考えとるんやろ)

このようなモノローグのやり方が文学的に見て稚拙に感じるのは僕だけだろうか?先ほどの臨場感と文学性を両立させるためには、このような文章は地の文でドライに行うべきだったと、僕などは思うのだが。周作はそんなに巨人の星が好きなのかとさえ疑ってしまう(ちなみに、ちびまる子は好きだったらしい笑)。
これが遠藤周作の癖なのか力不足なのかどうかは研究不足につき不明だが、先ほどの解説の付け方の野暮ったさといい、「問い」に対して性急すぎるがゆえに文章の細部に対する無頓着が見られる部分は、名作として語り継がれているこの作品全体を探してみると意外に多いのである。これを、遠藤周作の「告白」というデフォルメされた一種の手法だと見れば受け入れられなくもないが、まあ、上手くないな不自然だなと、個人的な嗜好で思っちゃったりしちゃうのです。

さらに言うと、もし日本人の罪の意識に対する「問い」を主題にするなら、この題材はあまり適切ではなかったのではとも思えてしまう。例えば、神が存在する西洋と対置する形で日本人が描かれるわけだけど、じゃあ逆に、西洋人全員が神に対する罪の意識を持つのかと言えばそれは微妙である。ブッシュが神の敵をジャスティス的な意味合いでジェノサイドしたとき、神に対して罪の意識を表したでしょうか。個人的とかそういう意味ではなく、キリスト教の体面としてさ。
第一この作品は戦時中という一種特殊な時代の、しかも医者という特殊な人種(として描かれているとしか思えない)のお話である。医者が人を死なせることに対していちいち気負っていたら仕事にならん気がしますよ。『ブラックジャックによろしく』の主人公が心の底から大嫌いな自分は、むしろ勝呂とかまじで偽善者にしてダメ医者じゃね?とか思ってしまう性質なのです。
だから、平時の、医者でない他の人間だったらどうなんだという話になる。ここで示されたお話は、特殊過ぎて、読者に一般化できないのである。だから、そもそも題材選びから間違っていたのではないかと考える。
まあ『海と毒薬』が描かれた頃にはまだ『白い巨塔』とか無かったからな。『ブラックジャックによろしく』とかいう人の生き死にを商品としたマンガが出回るくらいには、医者という人間に対するイメージがまだよく定着していなかったのもあるのでしょう。

ときに、『海と毒薬』には続編が存在するはずだった。少なくとも作者自身には『海と毒薬』の続編なるものの構想はあったらしい。ただ、直接的な第二部はついに描かれることはなく、罪と罰をテーマとして扱った作品には、その後代わりに『沈黙』等の作品が続くことになる。
その間に、遠藤周作の問題意識に微妙な変遷が見られるとのことであるが、それはさておき、僕は『海と毒薬』はまだ習作の段階を出ていないのではないかと思うのである。また、まだ未完であるというのも見られる。この話がこれで完結するのだとしたら、この物語の中で唯一罪の意識をもった勝呂の存在はあまりに浮き過ぎていて、かつ描かれていなさ過ぎるからである。
この作品の場合、魂という視点から見た「問い」というのを発すること自体に意味があるので、別にこの作品に価値が無いとかそういうことではないが、文学作品としては相当稚拙である。
その未熟さが『沈黙』に至るまでの過程、発展途上なのかどうかは分からない。て言うか『沈黙』をこれから読んでみようと思う。

まあ、自分周作に関しては割と素人なので、もしかしたら自分と同じこと言ってる論文が既に存在しているかもしれません。あー、今見てみたらウィキにも似たようなことが書いてあった。さすがに文章ヘタだねとまでは書いてないけど。
いやはや、名作と呼ばれているものでも、よく見てみるとこういった欠点が割と存在するものですなあ。

第一、あなたらあんな日常的にマスコミはバカだバカだとか思っているくせに、昨今のベストセラーとか名作とかそういうマスコミが貼ったレッテルとかを鵜呑みにし過ぎなんですよ。
自分で確かめないでそういう風に言うのは、それはあなた、怠惰というものでしょう。

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2007年12月28日 (金)

本棚の整理をする

ざんねん、ニコニコがメンテ中だから前の記事見れないね。時間にルーズなデフォルトクオリティ。

年末の大掃除の一環で、少しずつ本棚の整理をしています。この四年間、文学部にはあるまじき本棚の汚さだったので、この際大幅に売ったり分類したりです。中学の時大いにハマって新潮文庫にあるやつは全部うちにあったんじゃないかと思われる星新一とか、いつぞやか雨にやられてしまったのでこの際全て捨てたし。

ボッコちゃん Book ボッコちゃん

著者:星 新一
販売元:新潮社
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ていうか乱れているとかそういうのじゃなくてまずリアルに汚かったので、まずは雑巾がけするとこから始めましたよw本棚の上の部分とか、今の実家に引っ越して11年間一回も拭いてねえんじゃないか。ホコリアレルギィの自分にはつらかった。掃除中何回鼻うがいしたか分からん。

その後、まず自分は本の保存を考慮して本屋では必ずカバーをかけるようにしてもらう人なのですが、カバーしたまま収納すると何の本だかさっぱり分からなくなり整理どころじゃないので、この際全ての本のカバーに本の名前を書き込みました。いやはやこれだけで30分以上かかったわ。
後は、ハードカバー・新書・文庫・その他に分け、さらにそれらを、学術書・文学以外の歴史、政治、思想その他の本・中国文学系(専門)・その他外国文学・日本文学・原典に分類、最も多い日本文学に関しては、作家ごとにも分ける。

現在、あとは日本文学の文庫本の作家別分類を済ませれば終わりな感じです。

しかし、本は割と大量に所持している方だと思うのですが、すべて読んだわけではないんだよね。この冬・春の目標は「自分の本棚の本をすべて読破する」にでもしようかなあ。それだけでも全然違う気がする。

また、読んでいても、また読みたくなったのも発見したので、それらも読み直してみるのもいいかもしんない。
手始めに、中三の時読んだ『海と毒薬』をまた読んでます。これまたくそ懐かしい。

海と毒薬 (新潮文庫) Book 海と毒薬 (新潮文庫)

著者:遠藤 周作
販売元:新潮社
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文学というもののあり方について何か手掛かりが掴めるかもしれないですね。

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2007年12月 3日 (月)

莫言、テレビに出る

http://home4.highway.ne.jp/amao/contents/hokkaido_nhk.html

↑ソース:エッセイスト毛丹清氏のサイト。
左下に新しくリンク貼ってます。

ていうかもう出てた。しかも、割と頻繁に。
さすがNHK、中国韓国大好きだな。

いやはや、今回こういうネット上の資料とか全然使ってなかったからな。今度はもっと注目しよう。

なにせ、茂木健一郎も言ってるけど、今やブログやHP使って授業する時代ですからねえ。自分の論説も、ネット上で発表して、それに対して各国の論客とネット上で討論する時代が来るんだと。S根教授も、去年からブログを用いた授業をしている。そして、それを可能にするくらいのインフラも既に整備されている。電話回線の時代なんかにゃ、こんな時代になるとは思いもよらなかったけどね。

それは論文だけの話ではなく、中国文学だったらネット上に作品の全文が掲載されていたりする。著作権、所有権の概念がほとんど存在しない中国ならでの荒業。
ディズニー・JASRACを嘲笑ってるなあ。

や、そんな事が日常化する世界になったら、講義形式の大学なんかほんとに要らなくなっちゃうね。
↑出典忘れたけど、確かウェブ進化論書いた人との対談だった気がする。現代を見据えた研究者ってのは、野心的な人種ですよ。だって、ほんとにカオスだからな今のご時世。

ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書) Book ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書)

著者:梅田 望夫
販売元:筑摩書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する

時代は変わるのです。

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2007年11月24日 (土)

八重洲通い

まあ散財してきましたわ。実は百年の孤独を買っていなかったので、これを機に購入。

百年の孤独 (Obra de Garc〓a M〓rquez (1967)) Book 百年の孤独 (Obra de Garc〓a M〓rquez (1967))

著者:ガブリエル ガルシア=マルケス
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

Y永先生のに続いて新しいのが出たんだZE☆
訳者は同じなんだけど、今回のは細かい注釈が付いているので助かります。無くても自分のエセ教養をフル活動すれば何とかなるんだけどさ、やっぱあるに越したことはない。

ついでに割とメジャーな文学理論の本を二冊ほど購入。

それと、ユリイカもついでにチェック。噂に違わず、飛呂彦のユリイカが出てた。ティエンビエンフーの西島大介が描き下ろしのマンガ描いてた。
飛呂彦って、実はマンガ史の話題にはあんまり出てこないんだ。あまりに特殊過ぎるからか?もう、存在自体が時代の流れに逆行する人だし。つーか若過ぎ。

ユリイカ 2007年11月臨時増刊号 総特集=荒木飛呂彦〜鋼鉄の魂は走りつづける Book ユリイカ 2007年11月臨時増刊号 総特集=荒木飛呂彦〜鋼鉄の魂は走りつづける

販売元:青土社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

半分くらいがスタンド辞典だったそれは立ち読みで済ませるとして、ユリイカのバックナンバーを見てみると、何と西尾維新のやつがあるじゃないか。何とタイムリィな。そういうわけで購入。

ユリイカ 2004年9月増刊号 総特集 西尾維新 Book ユリイカ 2004年9月増刊号 総特集 西尾維新

販売元:青土社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

笠井潔がまた論文を寄せていた。相変わらずゲテモノだった。なんつーか、探偵物がどうのこうのとか、それ以外に読み方あるだろうよ西尾維新は。
何だか「文学は死んだ」とかしきりに彼は言っていたが、それは勿論「近代文学」が死んだという意味であって、じゃあ近代文学が死んじゃったら文学はおしまいなのか?そうじゃないだろ。語るという行為がある限り文学は消えない。ただ純粋に語る文学っていうのは、ある。ただ、真摯に語れば良い。語る芸術。騙る芸術。語る行為それ自体が芸術、語る姿それ自体が美しい芸術となるのは、あり得ると思うんだ。
自分に言わせれば、近代文学の死=文学全体の死と断定して新興カルチャー(つまりオタカルチャー)とやらに傾倒する彼は、その実もっとも近代の呪縛とやらにとらわれている人間ということになる。もっと冴えたやり方があるだろうに。
うーむ、だからアカってやつは嫌なんだ。

それと、西島大介がまた書き下ろしマンガを描いていた。どんだけしゃしゃり出てくんだw

そういう感じで、読み切れもしない本を買いまくってストレス発散。
良い御身分ですなあ。

西尾維新、王道を逆立ちして行く作家、言い得て妙なキャッチフレーズなり。逆立ちしてるけど、歩いているのは王道の上なんだよな。

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2007年11月23日 (金)

おかげさまで戯言を

久しぶりの更新だよ。卒論何とか普通に書けそうな気がします。まあ、一応書くことは決まってるからなあ。あとは引用使って肉付けするだけで。
草稿教授に送ってどんなダメ出し来るかとかは考えない方向で。考えただけで恐ろしい。
やめて現実見せないでorz

んなわけで、調子こいてバイト帰りに戯言シリーズの続き読んでたわけです。今は匂宮読んでます。

ヒトクイマジカル―殺戮奇術の匂宮兄妹 (講談社ノベルス) Book ヒトクイマジカル―殺戮奇術の匂宮兄妹 (講談社ノベルス)

著者:西尾 維新,take
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

しかし戯言シリーズも、読んでるとなかなか奥深いものがありますよ。
何って、主人公「僕」ってのが、無駄な倫理観ってのを持ちすぎてるってことが。そして、そんな主人公の周りに、それこそデフォルメされた(ある意味お約束のキャラばっかだけど)変人ばっか集って、更にそれが引き立たされるっていうのか。
後書きなんか見てると、作者自身も結構無駄な倫理観で縛られるタチの人なのかなあとか思ってしまうのだけど。いわゆる、無頼の人ではない、と。

んで、こういういらない倫理観を持つがゆえに、匂宮の回で言うように自分の物語を展開できない主人公なんだな。
自分で物語を展開できない主人公。物語を主導するはずの主人公が何たるザマよ、ですよ。

しかし、このチグハグさ加減は、まさに現代を象徴するものとは言えまいか。全てバラバラ。王道を突き進もうとすると揶揄される。右翼やら左翼やらがイデオロギーとかなんやらで物語を作ろうとしても、それは現代という世界ではほとんど受け入れられる事がない。

物語という主題を通さなくても、戯言シリーズの世界はいろいろチグハグである。戯言というのは何も「僕」の得意技というだけではない。地の文、例えば蒼の死線の有名なあれみたいにね↓

地獄という地獄を地獄しろ。虐殺という虐殺を虐殺しろ。罪悪という罪悪を罪悪しろ。絶望という絶望を絶望させろ。混沌という混沌を混沌させろ、屈服という屈服を屈服させろ。遠慮はするな。誰にはばかることもない。我々は美しい世界に誇れ。ここは死線の寝室だ、存分に乱れろ死線が許す――

カッコイイっちゃあカッコイイけど、よく読んでみるとほとんど意味が無いのね。まさに戯言。空虚な言葉の羅列。
ほぼ作品全体に通底するこの言葉の空虚さが、まさに物語無き現代なんだな。そして、その閉塞状況に、コテッコテの萌え要素を持ってくるときた。普通ならそれでただのラノベとして終わってしまうところだが、この閉塞状況においては、それはかえって死の道化をさえ彷彿とさせる。なんも考えないで読んでると面白いけどさ。

この空虚な文体が確信犯なのだとしたら、もしかしたら西尾維新って大変な作家なのではないか?末恐ろしい。
現実逃避して本当に萌えに安住してしまうきのこなんかとは比較にならないくらいに。

それにしても、とみに思うのです。伝統的な日本近代文学の概念ではもはや現代を語り切ることはできないのではないか?
現代社会は個人の思想、生き様などあっけなく埋没させられる世界である。それはそれで非常に尊いものではあると思うが、果たして命をかけて固執するまでの価値はあるのか?
空虚な言葉で現代を語る新文学を読んでいると、このような考えが浮かんでくる。いや、まったく新しいカテゴリーで語られるべきものですよ。
しかし、語っているものがある以上、それは紛れもなく文学なのである。

そういう風に考えたら、もしかすると現代を描く力があるという意味では、きのこなんかよりこちらの方が新文学の寵児と言っても良いとさえ思えてしまうのである。格が違う。

まあ、戯言シリーズまだ全部読んでないけどねw
ていうかサイコロジカルどっか行っちまったorzまだ研究所着いたばっかなのに。。。

噂によると、戯言シリーズの結末は一応ハッピーエンドらしい。
この絶望の世界に、西尾はどのような結末を見せてくれるのか、楽しみではある。

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2007年11月21日 (水)

察して

学校のPCを使いながら今更新しているのです。4限前ということでちょうど大学に人間が最もうじゃうじゃいる時間帯なわけです。うぜー。月曜日に限ってひときわGYUGYU詰めな通勤電車に通ずるウザさがありますよ。てめーらどうせ週末には学校来ねえくせに。

さらに言うと、夏休みとか始まった直後に人が多くなるのとかに遭遇すると、3割り増しでさらにウザい。それがましてや夏休み明けの月曜だったりしたら相乗効果で1.5倍増しです。
この中に、三ヵ月後にNEETになってる奴は何割くらいいるんだろうってことをいっつも考えます。ヒネてますかそうですよ。

さらにそいつらが何をしに学校のPC使ってんのかって、レポート書くためですよ。レポートだって。そんなもん家のPCで書けばいいじゃねえか。家での怠惰を学校に持ち込むんじゃねえよ。どうせ大したことも書かねえくせに。まさか家にPCがないやつは、そんなにはいないだろう。少なくとも、部屋がいっぱいになるほどには。何だかんだでブルジョワなんだから。ていうか、未来をしょってたつKO生がPC家に無いって、将来どうやって仕事するつもりやねん。

そういえば、自分のどんなに稚拙な言葉でも、活字になってしまうと頭良く見えるのってありますよね。初めて活字でレポート出したとき、自分の文章が活字になってるのが印刷されたのを見てすっげえ感動したのを鮮明に覚えております。
逆に言うとあれですよ、活字になってるとどんなバカな事言っててももっともらしく見える補正がかかるわけです。明らかに狙っているのはまだしも、ややバカくらいの文章だと、気を抜いていると騙されてしまうことが意外と多いので注意。
当たり前のことだけど、そうは言ってもやはり騙される奴は非常に多いのです。

という主題の無い文章を書くためだけに、学校のPCを占有しているわけです。周りは、mixiやってる奴とかニュース見ている奴とかさまざまです。しかしやっぱりレポートかいてる奴が一番多いです。そんな連中が満ち満ちている中で、自分はこの下らない文章を書くためだけにPCを占領しているわけです。
ああ、明日から三田祭で一週間まるまる休みだぜ。学園祭ごときでそんなに休めるとか、三田祭の裏でどれだけの利権が動いているのだろう。主に、やっぱ、マスコミかなあ。外面の良さ養成コンテスト。

注:上の文章には、ある重大な矛盾がこれ見よがしに含まれてますが、そこは貴方、察してあげてください。捉え方によって、ここにおける僕の印象はだいぶ変わるでしょうに。
さて、どれだけ自由な捉え方が出来るかな?ここは安全パイで「めんどくさくて投げる」に賭けるとするか。

本借りてこよ。

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2007年11月18日 (日)

らっきょが文庫になったよ

最新の常に一歩手前の巻までしか売らないことで定評のある地元の本屋に普通に置いてあって、人目も憚らず驚いたw
なんでも月ごとに上中下で出るらしい。

空の境界 上 (1) (講談社文庫 な 71-1) Book 空の境界 上 (1) (講談社文庫 な 71-1)

著者:奈須 きのこ
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

上巻の解説だけ読んでみたけど、解説はノベルス版のゲテモノ論文に比べるとまともでしたw
解説ならおとなしく解説らしく解説してろってんだ。月姫やったこと無いくせに。

でもなあ、何度も言うけど、これって根本はラノベなんですよね。エンターテイメント作品として読むとなかなかに面白いけど、文学としてはどうかという視点で見ると、やはり弱いなと思いますよ。なにせ、作品自体が基本的に現実世界との関連性を根源的に嫌っているから、究極的には作品中のあらゆる出来事を面白い絵空事としてしか捉えられない。つまり、全部他人事なんですね。作品のあまりに非現実的な諸設定も、そう捉えられる事を望んでいる。
まあ、「面白い」ってのは、ここでは非常に重要なんですが。

何で新しい文学の寵児みたいな扱われ方してんのか未だに理解に苦しむ。自分に言わせれば、伝記文学というよりは、ただ伝奇をモチーフにしたラノベなだけじゃね?と思うのですが。なんで新伝奇とか、無理に文学とこじつけようとしてんのか。プロット構成の斬新さとか、別に文学の専売特許じゃないだろ。
ちょっと純文学好きの人が読んでみれば、一目瞭然ですよ。

まあ、文学じゃないからなんだって話でもあるんでるがね。文学ってそんなに偉いのかって言われれば、強く反論はできないっす。
そもそも今は文学というものの定義が揺らいでるから、この混乱状況も仕方無い。昔は文学=純文学で通ってたわけですが(ちなみに言っとくと、この構図はあくまで日本特有のもので、世界共通の方程式ではないのであしからず)、今のご時世それ一辺倒で通す奴は、もはや前時代の産物扱いですので。

ところで、これに引きずられてか知らないけれど、最近きのこの作品と言えば、オタクの連中ですら「文学だよね」とかいうんだよね。
まあ、そういうこと言ってる人たちは、基本的に文学読まない人ばっかだと思いますから気にしない。しっかり読んでれば、心の底からそんな事をいう人は、こうは多くないはず。
有り体に言えば、オタ文学ばっか偏って読んでるような奴は大体あまり頭のよろしくない人たちばっかだからね。でなければ、ロミオの文章を「難しくてわからん、投げた」とか言わないはず。
(もちろん、読書好きで様々なジャンルを読む人もいる事を僕は知っていますよ。身近にいるし)

まあ、これ以上長くするのもめんどいし、前にも同じこと言った気がするから、ここらでやめとこ。

つまり、らっきょとか所詮ラノベだよ、ってことです。でもまあまあ面白いから、読んでみてもそんなに損はないでしょう。

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2007年9月14日 (金)

文学という死神

つい最近まで、文学とは数式のようなものだと思っていたのです。

事物の本質を分析・数式化する作業。文学作品とは目に見える副産物って感じで。
数式だから、何も主張しない。1+1=2という数式が、1と1を合わせれば2という真理を「示し」こそすれ、その法則が正しい事を数式自身が主張することはない。それを正しいとして何らかの心的効果を自らの体内で起こすのはあくまで人間のすることである。1+1=2という数式は、ただ鎮座して、我々を眺めるのである。静かに。

その静かさは、ひょっとすると、死神だった。

この三年間中国文学をいくらか勉強してみて、文学研究というものにささやかな、しかし確かな希望を見出したのは幸運だったと思う。

確かに文学は数式だ。しかし数式にもいろいろある。さっきの1+1=2などのように有理数の静止した法則だけしか示さないわけではない。数列は果てしない無限を表し、微分積分は時間経過に伴う量的概念をも示す。

中国、その国内の状況は日本とはケタ違いのものである。上から思想統制じみたこともするし、その言論云々によっては一生牢屋にぶち込まれることだってある。ちょっと汚職をしたくらいで即日死刑になったりする(もし中国流なら、今の国会は半分以上縛り首ですね。クビシメロマンチズムw)。デモ起こしたらタンクとかが出てきます。

そんな中で、中国の文学者は命がけなのよ。
精神状態だって普段からの気質だって、自由を保障された日本人のそれとは大分違う。
そのような彼らの文学は、何というか、切実である。
中には、日本、否、自由を保障された先進諸国ですらありえない程の切実さを有するものだってある。
極端なものでいうと、すべての作品みんな明日にでも死ぬかもしれないオレの遺書、みたいな。

そのような文学作品が示す人間その他に関する数式の形は、やはり切実な形をとっていることが多い。
数式が、切実なのである。
1+1=2という真理を、泣きながら叫ぶのである。

別にそれをネタにして無理に日本文学を貶めるつもりではないのだけど、例外もあるし。
しかし、自分が今まで文学に抱いていた印象、それはまさに死神だったと思う。
どうあがいても、真理は結局こうなのだという死刑宣告(それはかのマーラー卿の「悲劇的」の末尾、イ短調での全奏による嘆きをイメージしてしまうボクはきっとキザ)。別に大災害とかそういうありきたりのフィクション以外において命に関わる状況下におかれてるでもなしに、所詮は書斎からの宣告なのね。
文学は、この閉塞状況の島国においては、己の虚ろを亡霊として実体化する作業であるようだ。
(日本文学は、この先、何を生み出し得るのだろうか?)

いろいろわけわかめな事をまさにつれづれなるままにという形容がぴったりな感じで書き連ねてきましたが、まあ要するに、中国現代文学、めっちゃゲテモノのイデオロギー闘争(笑)とかいろいろ凄いけど(すごいんだぜ、文学による革命の啓蒙とか今でもクソ真面目に唱えてるやつだっているんだから)、それ抜きで考えると、ある意味とっても面白いよ★っていうことが言いたかっただけです。

割と根本的な研究動機だったりするので、落ち込んだときに備えてメモしとこ。

おまけ:金獅子にブーイング
http://sports.nifty.com/cs/headline/details/et-ct-N0011449/1.htm

ていうか、張藝謀って今やそこまでVIPだったのか。

おまけ:空耳アワーのお時間です

ヒテンミツルギスタイル……
「オ取リ寄セー!!」

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2007年7月13日 (金)

07th Expansionが

新作出すんだってよ。
知らなかった代ぜんぜん。一応完全新作という位置づけと見てよさそう。
つーか絵下手過ぎ。でも一度はまったら病みつきになるらしいですよ。そんな奴の気が知れねえのですが。
ちなみにコンシューマに移植される際、指が四本なのは倫理上問題あるから絵描きが変わったらしい。おれてっきり下手過ぎるから変えられたのかと思ったよw5本描きゃいいじゃん

んで、バイトに行く途中上野の本屋を久しぶりに横切ってみたら
ひぐらしが小説になるんだってよ。
うはは、なんというらっきょw

新作については、竜騎士作品の楽しみ方は前作をもってよく理解したから大丈夫そうですな。
ひぐらしは、作者と読者の意思の齟齬が合わなかった感があるからな。おかげで自分すっげえ不愉快になったからな。割と正解に近かったのに。

まあ、自分買うかどうかわかりませんが(え
そんな時間ねーっての。

んで小説化については、なるべくしてなったという感が。らっきょがノベライズ版になるくらいだからな。おかしくはないでしょうね。
むしろ、らっきょと同じ同人原作の作品として大いに注目されるでしょう。
そして、それに群がる左翼系インテリの「あとがき」と称したゲテモノ論文を立ち読みするのが個人的には楽しみではある(オイ
7巻でるらしいから、単純に考えて上下巻のらっきょの3.5倍楽しめる♪

ただ、自分全然期待してないけどね
あれを形式ばったフォーマルな本の形で出したってぜってー面白くねーもん。
きっとひぐらしは、サウンドノベルの形式でなければ楽しめないんじゃないかと思う。少なくとも自分はそう。

つーか単純にラノベが嫌いなだけなんですけどね。
ああいう当たり障りのない文章って、いちいち本開いて読む気がしないのですよ。めんどくさい。

逆に、サウンドノベル形式って、自分の中ではかなり革命的な表現様式だったりする。大学入るまでそんな形式のゲーム知らなかったからな。かまいたちって何ですかって感じでした。
高校までは、なんだかんだで野球部だったのですよ。

しかし、文学を表現する媒体としては、かなり面白いものだと思った。むしろもっと万人に評価されてもいいような気がする。
まああちらの世界の人達がそれを否定している節もあるのですが。

エンターテインメントの形は多様であるべき。
知的快感を楽しむものもまた善し、

と自分は思うのですが、どうでしょう?

ps:ちなみに原作者の竜騎士07、いつぞやかNHK出てました。前情報なしにいきなり出てきたので、リアルタイムで見ていた自分すげえ驚いたって言うかむしろ近所に聞こえるような声で「えええ!」言いましたからね。

07th Expansionって、てめえの家族かよ!
ってとこでまず驚愕の事実だったわけで。実際は違うらしいけど。
基本的にアキバの報道はバイアスかかってるのがデフォルトだから。

ちなみにひぐらし、音楽だけは素晴らしい。

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2007年6月28日 (木)

紅高梁翻訳開始

てなわけで始めました『紅い高梁』の翻訳。

紅いコーリャン DVD 紅いコーリャン

販売元:紀伊國屋書店
発売日:2004/02/21
Amazon.co.jpで詳細を確認する


6,7章だけがよりによってまだ翻訳されてないので、自分で翻訳する羽目になりました、ぷぎゃー。
S根教授は「大丈夫大丈夫、KA☆NA☆RI 短いから、君の語学力なら無問題さ」みたいな事をおっしゃってGOサインを出してくれたのですが、

いや、なげーよ。
普通に3,40ページくらいあるじゃないすか。

(補足しておくと、中国語は漢字一文字の情報量が多いため、かなり情報の圧縮率の高い言語なのです。
今回の『紅い高梁』だって、5章までの邦訳は三、四百ページの本が上下巻くらいなのに、原本では400ページ弱の一冊の本に収まっちゃってる。つまり単純に日本語のちょうど二倍の分量ということ)

まあ難易度的にいえば、読む分には描写が直接的な分、史鉄生よりは易しいからまだマシか。
ただ、やっぱ曲がりなりにも文学ですから、読むのにはそれなりに苦労するのですよ。
しかも割と独特な文体なので、いざ日本語に直して紙に書くとすると結構考えなきゃならんし。

まあやるしかないよな。生の文章に触れるのはそれはそれで勉強になるし。
院試験でも魯迅の狂人日記の原文をそらで訳させたりするのね。そういう意味では院試験の対策にもなる?

現在図書館から借りたのをコピってます。さすがに借り物を好き勝手に書き込むのは人の道に外れるのでね。

早いとこ犬君があちらの原本を持ってきてくれるのを切に祈ります。
しかし焦って全部収録されてないのを買ってきてもらっても困るなあ。

つーか莫言文集と銘打ってるくせに、作品全部乗っけてねえってのはどういうことじゃい。まじ中国クオリティ。

……もしかしたら背景には結構な大人の事情があったりして。
それもまた中国クオリティ。

ps:あと、邦訳版は一刻も早く手元に全て揃えたい。
最近母の日のプレゼントを通してやっとアマゾン使えるようになったっぽいので。

支払は……適当に親父のクレジットで済ませとくか(もちろん事後承諾or後で建て替え)

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2007年6月22日 (金)

小林秀雄と大江健三郎と親父

茂木健一郎が絶賛したのを受けて、親父も小林秀雄を読み始めたらしいです。んで、自分に感想をば。

「秀雄の文章って結局何が言いたいか、とっても分かりにくいんだよね。何であんないちいち分かりにくく書くんだろ?」

つまりは、序・破・急の展開で理路整然と明快な論理展開をしていないのがとっても気に入らないらしいんですね。こういうこと言いたいんだろってことを長々と書き続けている印象で。
んで、その繋がりで大江健三郎についても言及したわけです。あいつも何言ってるか分かりにくんだよ、と。

一応言っておくと、親父は生粋の理系人間なのです。好きな分野は評論とかで、明快な理論を好む人種なのですよ。

まあ親父の言い分も理解できないわけじゃないです。一応親父の子ですからね。一時期先生に「君は完璧に理系の脳味噌してるね」とまで言われたこともあるし。

小林秀雄の評論、大江健三郎の発言、両者に共通するのは、要約不可能だと言うこと。評論、発言それ自体が一個の完成された文学作品、芸術であるということ。もしくはそれを目指していること。そういう意味では文学は全て要約不可能なものであるはずなのです。メロスが友達助けるために死にそうになりながら城に戻ってきたなんて要約、本当ならしちゃいけないんです。
こういう文学のあり方は、理系の親父は気に入らないでしょう。しかし自分はそれこそが両者の最も魅力的な特徴だと思うのですよ。

まあ確かに評論とか批評とか社会に対する是正の効果と義務も持ち合わせてたりしますから、明確にものを言わなきゃダメだろって側面があったりします。だから、明確にものを言わない両者の評論が気に入らないという親父の考え方もよーく分かりますわ。
戦後ある意味自重した小林秀雄とは対照に、今でもぼんやりとした政治的発言をやってのける大江に対して「あいつはほんとに文学バカだよな。なあなあに理想主義語って人を惑わすくらいなら死ねばいいのに」とまで言ってのける親父ですが、まあ確かに評論する時は空気読めっていうのはありますわな。江藤淳見習えって話で。

しかし、文学に関わる人間として、自分は両者を完全に否定しきることなどできないところがあるのもまた事実。
むしろその思想云々は置いといて、その文学者としてのあり方にある意味尊敬さえしている始末でね。

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2007年5月16日 (水)

やっとつなげた

昨日の夜つなげなかったんで、あーうちのうんこDELLもとうとう御陀仏かなあと思ってNEWS23見たら、NTT東日本が粗相をやらかしてたらしいですね。

以下メモ程度に↓

四十一炮〈下〉 Book 四十一炮〈下〉

著者:莫 言
販売元:中央公論新社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

いよいよ『四十一炮』も面白くなってきました。下巻に入ってやっと坊主は肉の心が分かる男になったらしいです。前置きなが。
しかしこれから話は急展開を迎えそうです。話の流れが既に面白い流れになってます。ずっと莫言のターン!って感じですわ。

ふむ、確かに莫言の作家としてのスキルはますます磨きがかかっている気がしますよ。正直今思うと『白檀の刑』は小説として微妙かなーと感じていたりしたのですが、この邦訳最新作の『四十一炮』は、彼の作品では『酒国』以来の傑作になるのではとの見積もりでござい。
じつはまだ『豊乳肥臀』(邦訳では『四十一炮』のちょうど前作にあたる)読んでないから強くは言えないのですが。

ただ、『赤い高梁』以来の彼の問題点はいまだ健在のまま。
まあこればっかりは生まれながらにして彼の根本思想だから仕方ないと言えば仕方ないのですがね。それが同時に他の中国人作家と比べて莫言が特異な最大の理由となっているってのもあるし。

現在、文学に理解のある日本人の大半が『四十一炮』読んだら絶賛するんじゃないかなあと思います。実際そのような賛辞の書評をいくつか読んできました(まさか読売新聞にまで書かれるほどメジャーになるとは思いませんでしたが)。
つまり、莫言作品の問題点を分析することは、ひいてはそれを快く受け入れる日本人の文学の捉え方の根本的な問題点を提起するきっかけになるのではないかなあと思ってみたりしてます。
ま、上記のテーマは現時点の自分には手に余る大きさなので、また後ほどって感じになるとは思いますがね。

今のところこんな感じです。

ps:何かこの頃色々な事件続きで話題がいっぱいですね。

とりあえず赤ちゃんポスト、3歳児、かい。赤ちゃんじゃねえじゃん。喋ってるじゃん。まずそういうTSUKKOMIを入れとく辺りにとどめておこ。

まあ、世も末ですよね。
こういう事実もさることながら、世も末なことを世も末と言わないのがテレビにしゃしゃり出てるんだから更に世も末。

「現実を見る」ていう言葉の意味を履き違える人って意外と多いんだよなあ。
それはシニシズム(居直り主義)とは違うのであって

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2007年3月10日 (土)

クオリア日記

http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/
最近クオリアやらアハ体験の概念で有名な茂木健一郎氏のブログ。この人ココログでブログかいてたのか、知らなかった。

http://celeb.cocolog-nifty.com/interview/2007/03/post_4ad8.html
↑ブログを書くことについての茂木氏のインタビュー。毎朝やってるらしい。あと、無料ブログという形態にこだわっていることなど、いろいろ書いてあります。
これから毎回参考にさせてもらいます。

横にリンク貼っといたのでご参照をば。多分リンクフリー、だと思う。
ちょっと見てみたけど、読んでるとやる気が出てきますね。これからも読もうと思います。
でも、ココログ携帯からは非常に見にくいんだよなあ。どうにかして欲しいぜ。

あー、ミクシィ6666番目の犠牲者はtoku田くんでした。ほんと悪魔な野郎だぜ。

ps:つーか金曜日に池袋ジュンク堂で講演会やってたんじゃねえか。観れなかったけどさ、くそう。

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2007年2月 1日 (木)

野球ネタ

日々パワプロ13をやり続けるだけの半ニート。そんな折に、サクセスのヒートアップシステムをやってたら、小説の神様が舞い降りてきたご様子で。

注:ヒートアップシステム
パワフル高校の試合で、実際にプレーをする代わりに、三回の特定キャラとの対決で気合比べをすることで勝負するシステム。ゲームの実力云々関係なしに、勝敗が結構運に拠るところが多いため、古参のパワプロユーザーからの評価は賛否両論。しかし個人的には、野球マンガ的なノリでかなりアツイ対決が繰り広げられるので自分は大好き。いちいち試合始めに「○○代表何とか高校~」とか実況が加わるとこや、師弟や家族その他もろもろの愛の力とかで「なんとッ、金属バットがへこんだッ!」とかで討ち取れちゃったりする辺りの描写もこだわってて素晴らしい。ちなみに野手編では一度もやったことないが、システムの構造的な問題で圧倒的に投手有利であるのは明らか。

やっぱりね、分かってても打てない球ってのは素晴らしいですね、必殺技っぽくて。ましてやそれが激しい葛藤の中で生み出されちゃったりしちゃうのならなおさらのこと。王道ってのは、それが素晴らしいと誰もが認めたからそう呼ばれるんです。キングです、キング。
しかもそれは魔球なんて貧弱な響きにしたくない。あくまでも力押しで。これぞ漢ってものです。

そんなわけで、またひとつ短編ができそうです。イエーイ。

ps:http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20070130ib29.htm

まあ、なんとなく分かるよ。でもテレビが売れてるんか。まあテレビだけは、大晦日にアキバ行った時も親父認めてたしなあ。現に今うちで使ってるSONYのテレビも、SONYお得意の時限爆弾が作動せずにいまだ現役だしな。
しかし、wiiはきっとマニア層向けには力入れなさそうだし、まだまだ勝機はあるのかね?何だかんだ言って今のゲーム業界を支えてるのは、いい年してゲーム大好きな廃人どもだと思うのでね。

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2006年12月14日 (木)

すごいぃっ!!

谷川俊太郎は素晴らしいです。

http://www.poetry.ne.jp/zamboa_ex/tanikawa/6.html

http://www1.e-hon.ne.jp/content/sp_0031_tanigawa.html

本人もえらくお気に入りらしいの作品らしいです。

ps:あと、ブログ名変えてみました。意味は特になし。読み方同じだし。

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2006年10月25日 (水)

本を買う

白檀の刑〈下〉 Book 白檀の刑〈下〉

著者:莫 言
販売元:中央公論新社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

そうして向かった八重洲ブックセンター、目的の品を購入。
ついでに見回してみると、なんとこの前絶版になったばかりのはずの『酒国』があるではありゃしゃいませんか!すかさず購入。やったー。絶版だからリンク貼れねーけど。
てかむしろ何で絶版にするんだよーって感じだけどな。これでノーベル賞取れるかもしれないのにってくらいの完成度なのに。

Book 現代中国詩集

販売元:思潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

さらに見回してみると、中国現代詩集と北島詩集(きたじまではないサブではない、ベイダオと読む、BeiDao)を発見。すげー、やっぱ侮れねーな八重洲。もち購入。
しかし四十一炮が無いのは遺憾。なんでやねん、最新作なのに。
てか豊乳肥臀はもう絶版だったりする?勘弁して下さい。

しかし結構な額になりましたよ。まあいいか。どうせ後々買う事になるんだし。

Book 六三四の剣 (10)

著者:村上 もとか
販売元:小学館
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ついでに六三四の剣の最終巻を読みました。とりあえず、最後まで書かせてもらえたみたいな感じ。まあアツい戦いでしたね。しかし最後に結ばれるのは結局もなみちゃんじゃないのか、なーんだ。結構そこら辺の描写が希薄だったような気がするので、ちょっと拍子抜け。まあ実際ここまで剣道アツく描くんだったらいっそ無駄なラブコメ要素は全部なくしてしまえばいいのにとさえ思ったんですけど、そこはやっぱりラブコメ全盛時代の風潮ですか、ふう。サンデーだし。

とりあえず必読。

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2006年10月12日 (木)

メメタアァァ

経験的に、次のようなことが言える。
知り合いの女性が僕を相手にして抱く感情は、以下の三通りに大別できる。
①生理的嫌悪感……
②恋愛感情
③それ以外。つまり、別に嫌悪はしていないが、恋愛感情なんか抱いていないし、どうでもいいや、というか、男性として意識してないよ、という女性。90パーセント強がこのジャンルだ(中略)

「意中の男性や彼氏のいない女性は、①に該当しない限りに於いて、こちらの交際しませんかという提案を了承するはずだ。
いや、読者諸兄の反撥は理解できる。だが、実際、どうだろう。当然問題になるのは③の女性が果たして申し出を甘んじて受けるか、という点だ。「お友達」だと思っていた相手が、実は恋情を己に抱いていたのである。当惑するが、悪い気はしないだろう。しないとしたら、次の課題は「この人はしかし、恋人としてはどうだろう」という惑いだ。だが、それはそれこそ交際してみぬことには知る由もないのだ。さすれば付き合うしかあるまい。
つまり、僕に照らして考えると、②+③で、92パーセント以上の確率で勝算がある事になるのである。

「針谷の小説」の冒頭部分でした。著作権とか気にしない♪
てか何かと変わり者の多い環境にいる自分としては、恋愛そのものに対して嫌悪感を抱いているという存在も無視できないと言いたいのだが、上記の記述はテニサーのやつらを前提にしているので無問題。

そうです。何を血迷ったか、季刊三田文学を買って来たのでした。しかも三田文学新人賞受賞作の「針谷の小説」掲載のやつといったら春季号で、何を今更って感じなんですけど。そこは気にせんで。

まあこの饒舌体の文章にいろんな意味で救われた気分になったわたくしです。

それにしても、こんな小説が新人賞を取るとはねー。饒舌体と言ってしまえばカッコいいけど、パッと見ラノベですよ。文学賞の中でも純文学系に位置するといわれる三田新人文学賞だけど、その評判も怪しいなあ。第一荻野アンナが選考員に入ってる時点でそんな堅苦しいばかりのが選ばれるわけねえじゃん。
まあ面白いし別にいいか。その存在に疑問符が付きつつあるネクラな芥川賞よりはずっと建設的かと。

とりあえず、文体がライトノベルなのでさっさと読めちゃうと思います。

ps:団員の皆さんチケットどんどん買ってってね。あと、買ったら渡す前に忘れずに自分の番号書いときなね。自分は既に今日渡した撒き券二枚に番号書くの忘れたわorz

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2006年10月 6日 (金)

今更ながら

ブログの装いを変えてみました、気分転換にね。

莫言著『白檀の刑』髭くらべの一節より

白檀の刑〈上〉 Book 白檀の刑〈上〉

著者:莫 言
販売元:中央公論新社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

「どんなでたらめをほざいたのじゃ?」

「――知事様の髭は、わしのズボンの中のチンチンの毛にも及ばぬと申しました」

(髭くらべの話題)

「もしおまえが負けたなら?」

「もしも負けましたなら、わしの髭は知事さまのズボンの中のおチンチンの毛でございます!」

「けしからぬやつ。まだ雑言を吐くか!」

……一応言っときますが、この作品は現在アジアでもっともノーベル賞に近い文学とされています。この一連のやりとり(一部省略してあるため分かりにくいが)、もう完全にMANZAIです。笑える。
すごいですね。何がすごいって、翻訳者がはなから伏字使うつもりゼロの辺りが。お偉い大学教授さまのこの自主規制の欠片も見当たらない有様、脱帽するほか無いじゃないですか。「おれは酒国中の女とオマンコするんだ!」(ちなみにこちらの翻訳者は東大の教授)と同レベルの思い切りの良さ。法律ゥ?Yes,I am!チッチッチッみたいな感じで。自分も将来見習いたいです。

ちなみに、フォークナーって「自転車泥棒」の作者だったんですね。知らなかった。恥。

ああそうそう、昨日もらったいいともの画像を見ました。家族と一緒に。
男声の方は上手いと褒めてくれました。うちの妹は、下手側に多大なる存在感を持っていた(元)平井堅に興味を持った模様。うちの母親はどうやらいしかわに興味を持ったようですね。母親は基本的に韓国嫌いなんですね。冬のソナタとかぺ・ヨンジュンとかクソ食らえなんです。おめでとういしかわ君。だが断る。
この催しに自分は参加していないことを告げると「あなたが入ったら絶対タモリにイジられるわよ」とかのたまいました。さすが母上分かってらっしゃる。でも下手側の大存在にさえTSUKKOMIを入れられなかった状況を鑑みて、ほんとに時間無かったんでしょう。ボクなんかに構ってるヒマなんかないって。
ちなみにモルを見るなり、母親は「可哀想に」と言っていました。え、何に対して?せめて主語をつけてあげて下さい。じゃないと本当に可哀想になっちゃうから。

さて、こんなの拾ったんで見てみてください↓

http://www.flash-link.net/link/flash/neet.php

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2006年8月26日 (土)

お話オバー

さて、この頃自分はかねてからの趣味のひとつの文学創作からは久しく離れているわけですが、そこはわたくし、たまーにお話のアイディアが浮かんでくることもそりゃあるわけですよ。
ただね、アイディアが浮かぶくらいなら結構日常茶飯事なんです。それを作品にするためには途方も無いエネルギーと時間が必要なんですね。ストーリーができていてもそれを文字に変換する作業ってのは非常にめんどくさい。

そういえば昔RPGツクールとかいうのがありましたね。あれ、2作目をやっていた時期が一時期ありました。しかし、いざストーリーを思い浮かべてゲームを作ろうとしたらそれはそれはとても大変な作業なのね。
古ゲーム屋で格安でお手軽に買える大作RPG、それ一本を完成させるためには多大な労力が必要なんです。ああいうのはシナリオだけでも相当な手間を掛けてるに違いない。マップなんかはね、2Dでさえ相当手間掛けましたよ。3Dだったら……ね。そして一番大変なのはシナリオに沿ってイベントを配置していく作業。もう序盤にして死にたくなりましたよ。

えー、話脱線してますね。
要するに、物を作るということはとてつもない労力が必要なんだってこと。ゲームの例を挙げましたが、お話を作るのだって大変なんですよ。1日でできるわけないのよ。第一文字を書く(打ち込む)時間があるんですからね。

そういうわけなので、お話のアイディアが浮かんだからってそれが文字になるとは限らない。むしろ思いつきで終わる確率の方が高いですね。

しかしそれでも思いついちゃったものはしょうがないじゃない。ということでプロット段階のものをば↓

第一ね、純文学を堅苦しく書こうとするから書きたくなくなっちゃうんだよね。何事も続けることが肝心。1日だけバーっと長編を50ページくらい書いたとして、その後二度と書かないんだったらその作品は50ページしか書かれていない書きかけの作品でしかないだから。だからもし書くんだとしたら自分の気が向くものを書くのが一番だということに最近気付く。
ではそれは何か?まあお笑い的な要素が入っていると書いてる方も楽しくはなるわな、読み手が面白いかどうかはさておいて。だから、マンガとかのシュールギャグを文字で表してみるのはどうだろうか?なんて考えてみたりしたのが事の発端。
第一さ、周りの住人がその存在自体ギャグって環境に住んでる奴っているよね。そんな連中の日常を面白おかしく書くことができるんだったら、なんか面白そう。

ただ、それじゃあただのライトノベルですわ。あの萌え萌えのやつ。あれらは大体そういうのを題材にしていますよね。
結論から言ってしまうと、書くんだったらラノベ(ライトノベルをこういう風に略する人っているもんかい?)なんか書きたくは無いわけですよ。だってそれは完全に空想。少なくとも自分に言わせれば現実との接点はほとんどゼロ。そんな理想なんかに共感する奴なんかいるもんかい。
ちなみに言っておくけど、ああいうの好きな人ってのは、あんなの現実と完全に区別してます。だからそういう人間がラノベを読むということは、言ってみれば半ばギャグで読んでるわけですね。逆にラノベとかの世界観や出来事・キャラクターなんかを現実に存在すると本気で思ってる奴は、ヲタ・一般人(こういう分け方あんまりしたくないけどね。ヲタなんかちっとも偉くねえじゃん)両者からアホ扱いされるわけね。
もし書くんだとしたら、自分はそういうのとは一線を画したものを書いていきたい。つまり、ギリギリ純文学ってのを書きたいわけ。読んだ人間の人生の中に深く刻まれるものを。だからお話の登場人物を記号みたいな空虚な形にしたくは無いです。人間に順ずる存在感を持つような連中にしたい。

ま、ここで最低限の決まりみたいなものをメモ書きみたいにして書いてはみたけど、ほんとに書くかは分からんよ。全てはおれの気分次第♪

あと、肉欲企画は今日も相変わらずおもしれーな。わくわくさんの「つくってあそぼ、子供とか」とか選手宣誓ネタにはウケタww

http://2949.seesaa.net/

ふう、明日は会合と仕事だっつーのに。

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2006年8月 5日 (土)

よく出版許可してくれたな

「おれは酒国中の女とオマンコするんだ!」

莫言の『酒国』中のハイヤニスペイン的な中国人コックの台詞。わりとこんなんばっかだな。ちょうど半分読んだけど、さすが中国レベルがダンチだぜ、いろんな意味で。
これ、ノーベル賞取るかもしれないって。
何で絶版なんだろう。ざんねん。

この頃読書の習慣が付いてきたのはよい傾向だと思う。同時並行でガルシア・マルケスの『百年の孤独』も順調に解読中。これも結構えげつない小説だけどねー。

その前にマルケスの『予告された殺人の記録』を読んだのね。それから色々すんなり読めるようになった気がしますな。これはオススメ★

予告された殺人の記録 Book 予告された殺人の記録

著者:G. ガルシア=マルケス
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

今度はフォークナー辺りも読まなきゃなー。

と、久々に文学部チックな事言ってみました。

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2006年7月12日 (水)

『至福のとき』 莫言:原作 張藝謀(チャン・イーモウ):監督

『至福のとき』

↑野球応援に行ったらめちゃ焼けた。てか跡くっきり残りすぎですね。
て言うか、結構写真キモいな。食事中の方申し訳ない(いるのか?

至福のとき DVD 至福のとき

販売元:20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
発売日:2003/05/02
Amazon.co.jpで詳細を確認する

昨日の深夜はBSで『至福のとき』をやっていたのでそれ見てました。
次の日は母校の野球応援のため早く起きなきゃならないってのにずっと生で映画見てました。BSをビデオに撮れないんですよ。んでいまだダイヤルアップのうちのパソコンの調子が悪くて書いた文章全部消えて、やる気無くなってふて寝したのは結局深夜四時。もう空が白み始めてるっての。

福愛美 至福の時 DVD 福愛美 至福の時

販売元:ビデオメーカー
発売日:2004/10/27
Amazon.co.jpで詳細を確認する

↑至福のときで検索してたらこんなの出てきた。きっと関係無いな。

至福のとき―莫言中短編集 Book 至福のとき―莫言中短編集

著者:吉田 富夫,莫言
販売元:平凡社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

さて、この張藝謀(チャン・イーモウ)監督の映画、莫言の同名の小説が原作です。チャン・イーモウはこれの他にも莫言の『赤いコーリャン』や『白い犬とブランコ』なんかを映画化してますね。好きなんでしょうか。
んで自分の研究分野が莫言なので、今回のやつは絶対見ておかなければならない作品だったわけです。それで深夜遅くまで粘っていたわけです。
別にツタヤに普通に置いてるので今回にこだわる必要は無かったわけですがね。自分どうも映画を借りて見るというのが気が進まない性質なもので。しかもこの頃何故か財政難に苦しんでいるので。
ちなみに自分これ原作は読んでません。大学の図書館にあるっちゃあるんですが、三田じゃなくて日吉所蔵なのでいちいち取り寄せなくてはならなくてめんどかった。だから後回しにしてたんですけどね。いつかは読まなきゃ。

んで映画の感想をば。
まあ映画自体は普通にキレイな感動作に仕上がってたんじゃないですかね。
しかし曲がりなりにも莫言を研究する自分には、この作品がそのような単純なものではない気がしてならないのです。

まず主人公は大ほら吹きのオヤジ、その恋人は超デブ、んでヒロインは盲目の身体障害者。
莫言の文学は一言で言うならほら吹きの文学で、この主人公のオヤジのそうした設定は無視してはいけないものだと思います。また莫言はその長編『豊乳肥臀』でデブ女に対するコンプレックスを持つ主人公を想起していますし、また莫言の作品にはよく身体障害者が出てきてこれも彼の文学には馴染みの深いものと言えるでしょう。

この作品には莫言文学における重要なキーワードが色々出てきます。
だから主人公の盲目の少女に対する虚言が結果的に彼女を救う事になったのも見逃してはならない莫言文学の重要なテーマですし、最後の場面でテープレコーダーから流れてくる彼女の語る真実と彼の虚言の手紙が交錯する場面は、非常に鮮烈な印象を与える描写であると言うべきです。また、彼がデブの恋人に裏切られて泥酔した挙句「デブにロクな奴なんかいない」と慟哭するのも、見逃してはならない重要な描写です。
自分は、この『至福のとき』の原作はこうしたファクターが絡み合って彼独特の小説世界が展開されてるんじゃないかと推測します。まだ読んでないから何とも言えませんが。

チャン・イーモウ監督はこれらの要素を結構意図的に削り取っている気がしてならないです。
そうした作り変えで、何も知らない人でもこの作品に感動できるように細工する。彼の視線はあくまでそうした現代中国文学に疎い人であり、それはすなわち世界であるのです。言わば、世界のチャン・イーモウなのですね。
うちの卒業生が卒論で、彼の『白い犬とブランコ』にも同様の作り変えがあった事を指摘する論文があるそうな。一度読んでみたい。

白い犬とブランコ―莫言自選短編集 Book 白い犬とブランコ―莫言自選短編集

著者:莫 言
販売元:日本放送出版協会
Amazon.co.jpで詳細を確認する

まあ自分は別に彼のそうした所業を否定するつもりはありませんよ。そうした作り変えがあったところで彼の描く人間的なものは変わらず素晴しいものではありますから。この人間の美しさを描く才能は、紛れもなく彼の本性から来ていると思います。
ただ、原作の莫言の文学はそんなキレイなものじゃないよとだけ言っておきます。

あー、莫言読みてーなあ。テスト終わったら時間が取れると思うんで、ジュンク堂で『酒国』でも買ってくるかな。
コニタさんいわく、莫言文学のエッセンスが敷き詰められている重要な作品なんだとか。
ふぉふぉ

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2006年6月20日 (火)

AHOだなあ(エミールを読む)

今日はだめぽ。休み無しだったからなあ。調子悪。主に喉と精神が。

そんで今日はムリせず、早めに帰ってエミール読んでました。

何でエミールかと言うと、教職の教育基礎論の授業で教科書として挙げられているからなんですね。
エミールは結構教職とか関係無しに読まなければいけない古典のような気がしたので取ってみたのです。ちなみにブツはM下君から格安で購入。てかいいのかなあ、彼仏文なのに持ってなくていいんか?まあいいや

エミール〈上〉 Book エミール〈上〉

著者:ルソー
販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

エミール〈中〉 Book エミール〈中〉

著者:ルソー,Rousseau
販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

下巻は授業では取り扱わないとの事で。

まあエミールの著者のJ・J・ルソー、基本的に相当の変人。人前でケツ出して走り回って噂になったり、あまりに食い下がるのでヘーゲルにウザがられたり、そもそもエミールって教育書なんですけど彼子供捨てましたから。
もう人としてはクソですね。
フーゾクで梅毒移されて逝っちゃったニーチェと同率タイで、お友達にしたくない思想家ナンバー1でしょうな。
ちなみに「いーとーまきまき……」の作曲者はルソーだったりします。あれ、作詞だっけ?ま、いいや、どっちでもいいわまじで。

しかし読んでみると意外とおもろい。世間では消極教育の本とか言って、子供を野放しにして自由に育てるのが良いって言ってる本でしょ?とか言われて割と敬遠されがちだったりしますが、それはまあ宣伝の仕方が悪いですね。子供を野放しってのはさすがに言い過ぎ。
彼の言葉によると「子供を自然の中で自由に育てるのだ」って言ってる。この自然、自由って言葉に対して普通の人は誤解を抱きやすい。
言っとくけどこれは哲学用語ですよ。哲学で自然って言葉が出てきたらそれは古代ギリシャにまで遡る概念、その中には古代ギリシャ自然哲学における理性の存在が前提にあるのよ。
理性ってのは西洋で生み出された言葉で、東洋の世界には存在しないモノ。古代ギリシャ以来西洋人の世界観の根幹を構成する概念なんよ。
言ってみれば、理性、自然、自由という言葉は非常に歴史的なものである。普遍的に通用する言語じゃなくて、実は西洋という狭い地域でしか使われない特殊で専門的な言葉なんですね。方言みたいなもんですよ。いや少し違うか。とにかくそれ程隔たりがあるものなんよ。
だから本当は自由とかそういう言葉を日本で使う時はそういう注釈をつけなければならない。まあ「自由」って言葉は訳された時点で既に日本語ナイズされてるわけだけどね。

理想主義者とか哲学かじってるカン違い野郎は大体ここら辺分かってないな、今まで出会ってきた奴らを見た感じ。まあ自分に言わせれば体は大人で頭脳は中坊ですね。
ああ、こういう人はよっぽど頭悪いですよ。ここまでの奴はそうはいないと考えていいよ。自分が言ってんのは某学ランフェチの子(実は自分より2つ年上)レベルの人だかんね。あそこまでの思想バカは逆にレアだな。

まあそんな事はどうでもよろしいですね。
つまりはルソーは確かに変人かもしんないけど、言ってる事は単なる理想主義者の一言で片付けられない何かただならぬ凄さがあるって事。放任主義の代名詞と言われるエミールも実は結構現代哲学の現場でも通用する要素が含まれていたりする。
ちなみに自分が尊敬する小林秀雄も、ルソーについて言及している事は結構ある。

まあ何度も言うけど、こいつ子供捨てたかんね(^ ^;

前置きが長くなったけど、そのJ・J・ルソーを読んで、各担当の者がレジュメ作って発表するという授業形態なのね。班全体でディスカッションしなければならないから、結局全員読んでなければいけないのだけど。

しかし色々コメニウスやらロックやらの前置きがあってようやくエミールに差し掛かったとき、自分の周囲はワグネルやらインターネットの使いすぎによる財政難、精神の不安定などが重なって予習どころじゃなくなってたので、最近他の人に任せきりでした。

んでエミール読解も最後の日。その日も自分は読んでなくて他の人に任せきりだったのですが

うわ、こいつバカだ

わー、最悪。一番大事なところでこいつに当たっちまったよ、文学部社会学専攻。まず発表の日に30分くらい遅れてきやがってしかもレジュメ見ても全然わかんねえ。このレジュメの書き方は理解してない奴のそれだ。そもそも彼が何を質問したいのかが読み取れない。
前回はSFCの人の良くまとめられたレジュメによって本全く読んでいない自分でもかなり理解できたのだが、こいつは、ダメだ、アホ過ぎる。

ちなみに社学の人の中でもマジメにやってる人はいるだろう事は分かってますし、別に社学全体を軽蔑しているわけじゃないですぜ。きっと全員が全員そんな子ばっかじゃないはず。ただ自分の周りの社学でマジメに勉強している奴は一人もいないがな。

これじゃレポートもまとめらんねえって事で、この機会に自力で読んでました。そうすっと改めて彼のAHOさ加減が浮き彫りに。
いや、本の内容書いてあることと100パーセント違いますぜ。ここまで間違った答を書ける彼の非論理的な頭脳にむしろ感服(ちなみに非論理的な脳みその例えとして「文系脳」と言う言葉を使うのは適当ではないと考える、って言うかそうだろ。ものを考えるのに論理的なくしては不可能。非論理的なのはただのバカです。ただ頭の使い方が違うだけなのです。矛盾するという論理もある。ボクらはそういう領域を扱っている。そこんとこ間違えないようにね)。

文系のための数学教室 Book 文系のための数学教室

著者:小島 寛之
販売元:講談社
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「文系知」と「理系知」の融合―コンピュータによる文学における暗黙知可視化 Book 「文系知」と「理系知」の融合―コンピュータによる文学における暗黙知可視化

著者:堀井 清之,角山 茂章,宮沢 賢治
販売元:近代文芸社
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危うくその巻き添え食らってD喰らうとこでした。

……おっと、うぬぼれちゃいけねえ。あんま奢ると去年の史学概論みたいになっちまう(ちなみにあの判定にはいまだに納得できないでいる)。

まあ、何にしても勉強に人任せってのは良くないね。自分でやんなきゃ。

最後にエミールからの引用で終わりましょうか

「うるさいおしゃべりは、――才能をうぬぼれる事、それとも、つまらないことに価値をあたえて、愚かにも、他人も自分と同じようにそれを重要視していると考えること、このどちらかから必然的に生まれてくる」

ps:なんだかこの記事書いている間中「シムーン」とかいうアニメやってた。
何だこれ、気持ちわりいなあ。てかなんで女しか登場しねえんだ?んで当然そこから愛が芽生える的な事なんか起きちゃったりしてって言うかOPでいきなりブチューチュパカブラしちゃうのはどうなのよ。
深夜とは言え勘弁してください……

あと、ミクシィで拾ったネタ画像。いろいろひどいな↓
http://www.youtube.com/watch?v=0Iuai8Dyj6o

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2006年4月 9日 (日)

「紅い高梁」莫言:著 岩波現代新書

「紅い高梁」

えー、今日は実家に帰るついでに神保町なる所に初めて行ってきました。

え、二郎じゃねえよ。本買いにだよ。

半蔵門線だね神保町は。渋谷から一本だ。でも自分としては池袋から行ったほうが安上がりではある

地上に出てからは、古書街を背にしてすずらん通りへ。
結構小さい通りなのね。んで、東方書店へ行く。

程なくして発見。しかし中国関係の書籍のメッカの割には小ぢんまりとしてんなあ。だいたい日吉のコンビニくらい。
でも品揃えは抜群だったよ。文庫本はどれも中国関係のものばかり。「大地の子」や、この前挙げた「ワイルド・スワン」の文庫本まである。横光利一の「上海」は、少なくとも自分は今まで見かけなかったなあ。
そこで「中国21」という論文集を購入。
これはS根教授が面白いと言っていたので。今回は「チャイナ・ポップ」特集だった。まだ中国アニメについての論文しか読んでないけど、知らないことばっかでおもろいわ。
なんでも中国のアニメの歴史は日本より古く、ディズニーの影響もあって戦前は日本より水準は高かったという。今はアトムとかエヴァとかの海外アニメが流入してるけど、中国独自の人形アニメは世界からも高い評価を受けているものもある。
これ読んでると、韓国ってほんとに日本の物真似ばっかだよなと思う。いや、別に韓国バッシングとかそんなんじゃなくて、歴史的文化的に見てさ

その後他んとこも見てみると、莫言の「紅い高梁」があった。

紅いコーリャン DVD 紅いコーリャン

販売元:紀伊國屋書店
発売日:2004/02/21
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英雄 ~HERO~ スペシャルエディション DVD 英雄 ~HERO~ スペシャルエディション

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発売日:2004/01/23
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これは、あれですよ。「英雄(HERO)」や、最近高倉健が出て話題になった「単騎、千里を走る」で有名なチャン・イーモウ監督の出世作「紅いコーリャン」の原作ですよ。自分結構好きな監督でもあります。素人考えですが
くそう、小説のほうはリンク出ねえな。やっぱ映画のほうが有名か……
自分はこれを課題で見せられていたので、まあ何気なく手にとって読んでみる

これ、すげえな……

いやはや、すばらしい文章というのは一目で分かるもんだね。
実を言うと自分「ワイルド・スワン」あんま好きじゃなかったのよ。いやね、あれはあれで勉強になるんだけどさ、所々に見られる「わたし達はこんなに苦しんだのよ!見て!見てよ!」てな感じの感情的な文章がどうにも嫌いなんですね。
とか言いながら宣伝してみる。

ワイルド・スワン〈上〉 Book ワイルド・スワン〈上〉

著者:ユン チアン
販売元:講談社
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そんなこともあって、莫言の力強く生々しい、しかし豊満なイメージに満ち溢れた文章を見たときには衝撃を受けましたよ。いやーこんな衝撃、老舎の「駱駝のシアンツ」(岩波文庫で出てます。取り寄せれば買えるんじゃないかと)を読んだとき以来だ。

Book 駱駝祥子(ルオトゥオシヤンズ)

著者:老舎
販売元:白帝社
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くそう、岩波文庫のやつはリンク貼れねえ。欲しい人は白帝社の新書版で我慢してくれい

さらに見ると、莫言の最新作「四十一ホウ」が平積みされてた。上の写真だね。バオの漢字が出なかったのはこれで勘弁して。

四十一炮〈上〉 Book 四十一炮〈上〉

著者:莫 言
販売元:中央公論新社
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しかしこれハードカバーなので、上下巻二冊で五千円超えるよ。さすがに無理だったので、「紅い高梁」だけ購入して実家に帰りましたとさ。
しかしこの「四十一バオ」、最初だけ読んだけどかなり面白そうだった。いつか絶対買おう。

いやしかし「紅い高梁」半分くらい読んだけど、やっぱ面白いや。映画と多少構成とか違うけど。

何でも莫言は中国のマルケスと呼ばれているらしく、現代中国文学の頂点に位置する作家らしい。中国で今一番ノーベル文学賞に近い作家だってさ。
さらに、「ブリキの太鼓」のグラスの影響も受けているらしい

うん、マルケスは今まで読んだことなかったなあ。今度Y永先生に借りてこよっかな☆

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2006年3月 7日 (火)

「ワイルド・スワン」ユン・チアン著 土屋京子訳 講談社

はい、今日は中国人女流作家ユン・チアン(張戎)の女三大大河ドラマ「ワイルド・スワン」を紹介しますよー

るろ剣はまた今度ね・・・・・・
でた、立ち上げ二回目にして早くもこの体たらく。それはもう、中華街の特級厨士の宋文是さんに食材として提供したいくらい☆(元ネタ分かる人、きっと悪い人だね。そうに違いない)

ワイルド・スワン〈上〉 Book ワイルド・スワン〈上〉

著者:ユン チアン
販売元:講談社
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・・・・・・まあでもですね、面白いんですよこれが
読み始めた動機と言うのも、わたくし文学部で現代中国文学を研究しようとしておりまして、これくらい呼んどかなきゃさすがにまずいだろと言うことで、今日読み始めたんですが、これがまた面白い

ちなみに、作者のユン・チアンさんは、最近出版されて何かと話題の「マオ」の作者ですね。マオというのは、毛mao、つまり毛沢東の伝記ですな。それも原点資料に基づいたかなり厳密なものらしく、歴史家の間でも評価が高いとの事。今までの毛沢東の書物は、原点資料に基づいて書かれたものはあまり無いんですね。大体誰かが翻訳した書物をもとにしてる。中国人が書いた、という事も話題の一つなのですな。

マオ―誰も知らなかった毛沢東 上 Book マオ―誰も知らなかった毛沢東 上

著者:ユン チアン,J・ハリデイ
販売元:講談社
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まあこの人、中国本土にいるわけじゃないですけど。本土でこんなの書いたら間違いなく抹殺されますな。
このごろこうした統制に耐えかねて外国で作家活動をする中国人が増えてきてるんですな。こうした人の作品の中には素晴らしい出来の物も結構ある。英語圏ではそういったものも結構出回っているらしいのですが、日本ではまだ主流ではないんですね。

さて、「マオ」なんですが、どうもバリバリ文学部の自分にはとっつきにくいんですね。もろ理系で歴史政治大好きの親父は

「眼からウロコのことばっかでスゴイ本だ」
と絶賛してました。自分もチラッと読んでそれは認めます。だからまた後でね・・・・・・

それで、先に「ワイルド・スワン」の方を呼んだんですが、

いや、面白いです。

大まかな話は、清朝滅亡くらいの時代に生まれた祖母から始まり、戦争を体験した母(宝琴、後に夏徳。「ワイルド・スワン」の原題は「鴻」である)、そして文革を経験した著者の張戎に至るノンフィクション伝記なんですが、

これ、ホントにノンフィクションなんすか!?

というのがまず第一。
今、第二章「ただの水だって、おいしいわ」を読んだとこなのですが、まず祖母が将軍様の側室(妾)として嫁いで、後に娘(母)を守るために逃亡、再婚したのは40以上の年の差夫(!)で、不満を持たれた夫の家族のいじめ、それに耐えかねた祖母親子が新しい生活を求めて旅立つ、その先での幸福・・・・・・これでまだ二章ですよ!冒険小説並みの波乱万丈さ、ノンフィクション読んでる気になれないっす。

とまあ、読み物として優れているだけでなく、中国の実情を知る上でも良い本ですな。

まあでも、中国の習慣とかそういうのに対する知識が全くナシ、ゼロの人には少々読みにくいかもね。逆に、一回でも中国行ったことある人が読むと、中国の空気がその文体から眼に浮かぶんじゃないかと思います。

「ワイルド・スワン」は講談社の新書、ハードカバーで売ってますな。文庫ではまだ出てないんじゃないかな。新書の方も東京のでかい書店行かなきゃ手に入らないかも。あでも、「マオ」の隣に並べて売ってるかも・・・・・・

とりあえず、見つけたら買いですよ、きっと!

ps:てか、マイリストとか記事の更新とかしているうちに、累計ヨン時間も費やしてしまった・・・・・・。どうにも慣れないねorz

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